retasuの写真大好きブログ

写真で広がる世界を旅して出逢った人や物や風景をご紹介しながら楽しく生きる方法を探してます。

昨年母がS字結腸癌にかかった時の話②

続き

①はこちら→https://retasu.muragon.com/entry/27.html

手術日が決まって再入院となった母は、絵の道具をカバンに詰めて持って行った。

痛くてそんなことしてられないのではないだろうかと思うが、

母は、

「癌で死ぬより退屈で死んじゃいそうよ病院にいると!」

と。我が母ながら凄いなって思うことそして、もう一言。


普通癌って言われるとみんな落ち込んでしまう人が多いいが、

少しはテンション低めではあるが、手術を決めた後は、

「出来ちゃったものはサッサと切って出さないとね。手術できるだけマシだよ。」

って完全に開き直り。励ましに来た友達を驚かせていた。


そして手術当日立会いに行ったらベットにいない!

え?もう手術室に行っちゃったのかと思ったら、ちょっと病院の中をウロウロ歩いて来たらしい。

「病院にいると病人になりそうだからね。手術した後はしばらく歩けないからね。足腰弱らないようにって思って」

しかし、当日まで、散歩するとは恐るべし!でもねーー;

あなたは、ちゃんと病人ですからね。あんまり先生に迷惑かけるなよ。って心の中で叫んでみた。笑笑。


手術室に入る前に

「行ってきます。いつ目が醒めるか分からなみたいだから、あんた帰っていていいから明日来てちょうだい」

いつものように、指示が飛んできたが、やっはり目が覚めていなくても顔だけでもと待つことにした。

看護婦さんに待っている趣旨を伝えた、ので呼びに来てくれると言ってくれた。

終わるまで病室であの小さな鶴を折りながらご飯を食べたりして待っていた。


数時間後、手術が無事済んだ事を言いにきてくださってその後、麻酔が醒める時間になったら集中治療室に呼んでくれた。

集中治療室中待合室で、

「もう麻酔から目覚める時間ではあるのですが、まだ目が覚めないですが会って行きますか?」

「え?まだ目が覚めていないんですか?」

心配もあったので兎に角顔を見に中へいれてもらった。


ベットの前に来るとやはり目が覚めていない様子。

「ママさん。ママさん。手術無事にすんだよ。よく頑張ったね!」

それからしばらく、声を少しかけていると

ウーウーという声と朋にうっすらと目を開けたが、うなされているような感じで意識がはっきりはしていないようだった。

看護婦が意識が戻ってきたみたいですねって。

私がいる事は分かっていないみたいだったが、また明日来るからねって言ってその日は帰った。


翌朝、もう集中治療室から一般病棟へ戻ってきた。

行くなり、

「昨日あんたの声で目が覚めたのよ!痛くて声が出なかったんだけどね。」

っていわれた。

点滴のチューブやら尿管やらで動けない状態だが、痛いと言いながらも口は達者な母でした。


しばらく食事ができないのよね。いつから食べていいんだっけ。

腸の悪い部分を切除してつなぎ合わせたばかりでそんなに直ぐ食事が出来るわけがない。

そういえば日程表に書いてあったようね。


先生が廻診に来ると即、いつ退院できますか?ってすかさず聞いていた。

一日でも早く退院したいらしいことが伺える。

取り敢えず一週間から10日というところです。

経過観察の状態で変わってきますのでなんともいえませんがね。って言われた。

「じゃ!経過が良ければそれより早く退院させてくれるんですか?」

の質問に、先生も苦笑い。

どこまでも強気な母。

先生を結構困らせているのだろうな〜と思いつつ。私も苦笑いでした。


老人が、手術をした後、歩けなくなって寝たきりになってしまう話が頭によぎるもこの母の様子からは、

きっと縁遠い話なのかもとちょっぴり安堵した。

そしてなんと次の日、チューブを外してもらってもうトイレへ一人で行っているではありませんか。

昔のようにお腹を開いて手術をするのではなくて2箇所穴を開けそこからスコープを入れて手術をしておへその下を少し切ってそこから切除した癌を取り出すというものだったので比較的傷が少ない分、身体の負担が少ない分回復も早いらしいが、75を過ぎた母がそう早くは回復しないだろうと覚悟はしていたのだか、3日目には、痛いと言いながらも、病院の中をウロウロ、そしてあっという間に最速退院となった。

先生にまたもや食いついて早めの退院を勝ち取った母は、ドヤ顔で

「荷物は持てないからあんたよろしく」って

ハイハイ。姫さま。

伊達に太極拳やってきたわけではないのね。母の体力の底力を改めて感じひれ伏す私でした。

退院してしばらくしてから切除したリンパ節への転移が見られるかどうかの検査結果が出たと母から電話が、

転移なしで、ステージ2になったって。

手術しないと息巻いていた母だったが、手術してよかったね。

あのまま手術しなかったら腸閉塞で近いうちにあの世に行っていたかもしれない。


自宅に帰ってからも私が泊まる必要もないぐらい動けたので、

一緒に住んでいる上の娘に任せて私は下の娘のアパートへ戻る事にした。


今では、また太極拳に行きカレンダーが用事でビッシリ書き込まれる生活を送る母。

私の方が、先に旅立ちそうって思うぐらい元気になった。


癌も早期発見できれば治らない病気ではない。

医学の進歩と、母の体力と気力に乾杯!



体調不良の時は、速やかに検査をしてもらう事の重要性を改めて感じた私でした。


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